第4回 ── 種明かし 3/3

実践AIツールの
地図

── チャット型・エージェント型、MCP・Skills・RAG、そしてリモート操作まで。世に出ている道具を「怖くない」「見分けられる・選べる」ようにする回

AI活用コーチング 第4回 2026-09-02 所要 約70分 前提:第1回〜第3回 講師:柴田建太郎

種明かしシリーズもいよいよ最終回です。第2回は「頭脳」の中身(LLMのしくみ)、第3回は「体とすみか」(プログラムの構造と実行環境)を見ました。今回はその続きとして、世に出回っている道具そのものの「地図」を描きます。ChatGPT、Claude Code、MCP、Skills、RAG ── 名前だけは聞いたことがある言葉が並ぶ回ですが、これらは全部「第2回で見た同じ脳を、どんな体・どんな装備に載せているか」の違いにすぎません。

今日のゴールも変わりません。暗記ではなく、見分けて選べるようになることです。「これはチャット型だ」「これはエージェント型だ」「これはMCPの出番だ」と看板を見て仕分けられるようになれば、次に何かを頼むときに迷いません。ただし今日は地図を眺めるだけで終わらせません。後半はあびこさん自身のキーボードで、普段お使いのCodexを実際に触っていただく回でもあります。

CHAPTER 1

はじめに

ここまでの3回を、1行ずつ振り返ります。第1回は「いきなり作ってみる」体験。第2回は頭脳の中身(LLMのしくみ・トークン・学習と推論)。第3回は体とすみかの構造(プログラムの中身・クライアントとサーバー・ローカルとクラウド)でした。今日は最後のピース、世に出ている道具そのものの地図です。

同じ人間の脳でも、内科医として働くか、外科医として働くか、研究者として働くかで「見た目の役割」がまったく違います。AIも同じで、中身の脳(LLM)はほぼ共通なのに、それをどんな入れ物・どんな装備で使わせるかによって、ChatGPT・Claude Code・第1回で作ったツールという、まったく別物に見える製品が生まれます。今日はその入れ物の違いを一通り歩きます。

新しい単語がたくさん出てきますが、どれも「そういう仕組みがある」と知っておく程度で十分です。使いこなしは、これから先の回で実地に覚えていきます。

CHAPTER 2

LLM系AIツールの地図

世の中に「AIツール」と呼ばれるものは無数にありますが、ほぼ全部が同じ1個の脳(LLM)を、3通りの体に載せたものと考えると驚くほど整理できます。

LLMという 脳(共通) ① チャット型 会話のキャッチボール ChatGPT / Claude Gemini ② エージェント型 フォルダに住み着き 道具を使って進める Claude Code / Codex ③ 組み込み型 アプリの部品として APIで組み込む 第1回の3ツール ① 使う人が毎回話しかけ、返事を読んでは次を打つ。主導権は常に人間。 ② 「読む・書く・実行する・見る・判断する」のループを自分で回す。第3章で詳しく。 ③ 人間はAIと会話すらしない。アプリの裏側でAPI経由の1回きりの呼び出しとして働く  (第2回の6ステップ図・第3回の受付Workerが、まさにこの③にあたります)。
図1|同じLLMという脳を、3通りの体に載せたものが世に出ているAIツールの正体

第1回で一緒に作った🍓いちごの種カウンター・🔬神経節細胞チェッカー・👕人物服装判定ツールは、すべて③組み込み型でした。あびこさんが会話をした覚えがないのは当然で、あのツールはAIと「会話」していたのではなく、裏側でAPIを1回だけ呼び出していただけだったからです(第2回・第3回の内容そのものです)。

今日、新しく扱うのは①と②の違い、そして②の周辺にある装備(MCP・Skills・RAG・リモート操作)です。

実用メモ ── 料金の話 あびこさんが普段お使いのCodexは、ChatGPTのアプリ内・ターミナル・IDEなど複数の形で提供されていますが、どれもChatGPTのプランに含まれる形で使えます。Freeでもお試しはできますが、日常的に使い込むならPlus(月20ドル)以上が目安です。新しく別料金がかかるサービスだと身構える必要はありません。

ただし、この「プランに含まれる」料金体系は①チャット型・②エージェント型の話です。③組み込み型(API利用)は仕組みが異なり、月額サブスクリプションとは別枠のクレジットを使い、送った文字数・返ってきた文字数に応じて従量課金されます。第1回の3ツールも、実はこの③の課金方式で動いていました。この違いは、後ほど第5章で実際にAPIを呼んで体感します。
AIに頼むとき、こう言う 「これはチャット型でその場で聞けばいい話? それともフォルダの中身を触ってほしい話?」を自分の中で最初に仕分ける
CHAPTER 3

チャット型 vs エージェント型

ここが今日いちばん時間をかける章です。あびこさんが第2回のときに投げてくれた素朴な疑問 ──「AI使用したって言ってるけど、人間がコード組むのと何が違うの? 速さや正確性だけの問題なのか。それとも自動でやってくれるところで初めてAIとして線引きされるのか。」に、ここでもう一度、正面から答えます。

会話のキャッチボールと、住み着いて働くことの違い

チャット型は、人間が1回話しかけて、AIが1回答える、というキャッチボールの連続です。次に何をするかは常に人間が決め、AIはそのつど「呼ばれたら答える」だけの存在です。

一方エージェント型(Claude Code や Codex)は、指示を1回受け取ったあと、自分のフォルダの中に住み着いたまま、次のループを自分で何度も回し続けます。あびこさんに引き寄せると、普段使っているChatGPTがチャット型、同じOpenAI社のCodexがエージェント型にあたります。

  1. 読む ── フォルダの中のファイルを開いて、今どうなっているか確認する
  2. 書く ── コードや文章を実際に書き換える
  3. 実行する ── 書いたものを動かしてみる(コマンドを打つ・テストを走らせる)
  4. 結果を見る ── うまくいったか、エラーが出たかを確認する
  5. 判断する ── うまくいっていなければ①に戻って直す。うまくいっていれば次の作業に進む

このループを、人間がいちいち指示しなくてもAIが自分の判断で何周も回すところが、チャット型との決定的な違いです。

あびこさんの疑問への回答(その2) 「人間がコード組むのと何が違うのか」の答えは、誰がコードを書くかではありません。第2回でお話しした通り、答えは「確率的な推論(LLMの予測)を、プログラムの一部として組み込めるようになった」ことです。チャット型は、その推論を人間が毎回呼び出すボタンとして使います。エージェント型は一歩進んで、その推論に「道具を使い・結果を確かめ・続きをどうするか自分で判断する」というループを回す役目そのものを任せています。速さや正確性の違いではなく、推論をどこまで自律的なループの中に組み込んだかという程度の違いなのです。

そして、ここでシリーズを通じての種明かしをひとつ。第1回のレッスンで柴田が手元で使っていたのは、まさにこの Claude Code というエージェント型ツールでした。「AIがフォルダの中身を読んで、コードを書いて、実行して、動くか確かめて……」を目の前で繰り返していたあの画面が、今日名前を知った「エージェント型」の実物です。

使い方の見た目の違い

💬 チャット型
やり取りの単位
1問1答の会話
主導権
常に人間が次を決める
できること
質問・相談・文章の下書き・アイデア出し
向いている場面
ちょっと聞きたい・その場で完結する話
🤖 エージェント型
やり取りの単位
フォルダに常駐し、複数の作業を連続でこなす
主導権
方針は人間、途中の細かい判断はAIに任せる
できること
ファイルの読み書き・コマンド実行・調べ物の実行まで
向いている場面
「これを一通り作って/直しておいて」という作業

頭脳と、それを載せる枠組み ── モデルとハーネス

ここで、この先ずっと使う区別をひとつ。ChatGPTもCodexも、中で答えを考えているのはモデル(第2回で見たLLM本体=頭脳)です。一方、その頭脳を包んで「会話を覚えておく」「ファイルを読み書きする」「コマンドを実行する」「勝手に危ないことをしないよう許可を求める」「長くなった会話を要約する」といった仕事の段取りを担っているのは、モデルとは別のプログラムです。これをハーネス(harness:馬具、転じて「頭脳を仕事に繋ぐ枠組み」)と呼びます。

🧠 モデル(頭脳)
正体
学習で得た巨大な数値のかたまり。文章を受け取り、続きを確率で選ぶ(第2回)
できること
読む・考える・書く。それだけ
できないこと
自分ではファイルを開けない、コマンドも打てない、前の会話も覚えていない
例
gpt-5.6 系、Claude の Fable / Opus / Sonnet / Haiku(第11章)
🔧 ハーネス(枠組み)
正体
モデルを呼び出す側のプログラム。人間が書いた普通のソフトウェア
できること
会話の保持、道具(ファイル・コマンド・MCP)の貸し出し、許可の確認、メモリ、要約、指示ファイルの読み込み
決めること
「何を渡し、何をさせ、どこで止めるか」。同じ頭脳でも、ハーネスが違えば別の道具になる
例
ChatGPT(チャット型のハーネス)、Codex・Claude Code(エージェント型のハーネス)
たとえるなら 同じ医師でも、外来ブースに座れば問診と処方まで、手術室に入れば執刀まで、と「どの部屋に置くか」で出来る仕事が変わります。部屋(器具・看護師・オーダリング・安全確認の手順)がハーネスです。チャット型とエージェント型の違いは、頭脳の違いではなく部屋の違いです。だから「Codex と Claude Code のどちらがよいか」はハーネスの比較で、「GPT と Claude のどちらが賢いか」はモデルの比較、と分けて考えると話がすっきりします。第4章の「/」コマンド、第6章のメモリ、第7章のMCP、第8章のSkillsは、すべてハーネス側の機能です。
AIに頼むとき、こう言う 「これは会話で相談したいだけ」か「これはフォルダの中身を実際に触って進めてほしい」かを最初に伝える/製品を勧められたら「それは中のモデルが違うの? それとも周りの枠組み(ハーネス)が違うの?」と聞く
CHAPTER 4

ハンズオン:Codexで「/」を打ってみる

ここからはキーボードをあびこさんに握っていただきます。第1回で「柴田が打つとすごいものを見た、で終わる」とお話ししましたが、今日はエージェント型ツール(普段お使いのCodex)の中に、道具そのものへの命令ボタンがあることを、実際に手を動かして確かめます。

ステップ1 ── 「/」を打つ

Codexの入力欄で、何も文章を書かずに/(スラッシュ)だけを打ってみてください。コマンドの一覧がポップアップします。

/AIへの言葉ではなく、道具そのものへの命令。電子カルテで言えば、記載欄ではなくメニューボタンにあたる

ステップ2 ── まず安全なコマンドから

いきなり何かを変更するコマンドではなく、状態を見るだけのコマンドから試します。

/status今の設定とトークンの使用量を確認する。何も変更されない
/model今使っているモデルと、推論の強さ(じっくり考えるか、素早く返すか)を選び直す

ステップ3 ── AGENTS.md を作ってもらう

次のコマンドは、あとの第6章につながる伏線です。

/init今いるフォルダの中身を読み、AIへの指示書ファイル(AGENTS.md)を自動生成させる

実行すると、そのフォルダにAGENTS.mdというファイルが新しくできあがります。これが何なのかは、次の章でじっくり扱います。

ステップ4 ── 便利コマンドをひととおり体験

/diffこれまでの変更点の差分を見る
/review今の変更内容をAIにレビューしてもらう
/compact会話が長くなってきたら、それまでのやり取りを要約して続ける
/newまっさらな新しい会話を始める
/resume過去に保存された会話を選んで再開する

よく使う「/」コマンド早見表 ── Codex CLI ⇔ Claude Code

今日のように、あびこさんはCodex、柴田はClaude Codeを使う場面が今後も出てきます。呼び方は違っても、目的で見ると対応関係があります。

目的Codex CLIClaude Code
指示ファイルを自動生成/init(AGENTS.md作成)/init(CLAUDE.md作成)
モデルを切り替える/model/model
会話を要約して続ける/compact/compact
まっさらな会話を始める/new/clear
過去の会話を再開/resume/resume
コードをレビュー/review/review
変更点を見る/diff/diff
現在の状態・設定/status/config, /context
許可の設定/permissions/permissions
MCP接続の管理/mcp/mcp
メモリの管理/memories/memory
ヘルプ(/ で一覧)/help
実用Tips コマンドはメッセージの先頭にあるときだけ効きます。文章の途中に/modelと書いても、それはただの文字として読まれます。迷ったらまず/だけ打って一覧を見てください。全部覚える必要はありません。/init・/model・/new・/compactの4つを知っていれば、日常の使用はほぼ回ります。
AIに頼むとき、こう言う 「今のトークン使用量を見せて」=/status/「このやり取りが長くなってきたので要約して続けて」=/compact
CHAPTER 5

ハンズオン:Anthropic APIを直接叩いてみる

第2章で触れた③組み込み型を、今度は自分の手で体験します。第1回の3ツールがまさにそうだったように、③はAIと「会話」するのではなく、プログラムがAPIを1回呼び出す形で動きます。ここではAnthropic(Claudeを作っている会社)のAPIを、あびこさん自身のアカウントで実際に叩いてみます。

  1. あびこAPIキーを発行する ── Anthropic Console(console.anthropic.com)にログインし、自分のAPIキーを1つ発行する
  2. あびこCodexに頼む ── 「このAPIキーを使って、Claudeに質問を送るだけの小さなクライアントアプリを作って」と依頼する
  3. Codexアプリを作る ── APIキーを受け取り、質問文を送り、返ってきた回答を表示するだけの短いプログラムを書く
  4. あびこ動かしてみる ── 実際に質問を打ち込み、Claudeからの回答が返ってくるのを確認する
python client.py "AIコーチングとは何か、一言で教えて"できあがったクライアントアプリを実際に動かす例。中身はCodexに作ってもらったもので構わない
RULE ── APIキーの取り扱い APIキーはパスワードと同じものです。コードの中に直接書き込まず、環境変数など別の場所から読み込む形にし、誰にも見せず、git等の履歴にも残さないようCodexに念押ししてください。もちろん、送る質問文にも患者情報は入力しません。

今、画面に返ってきた1回の応答が、まさに従量課金でクレジットを消費した瞬間です。Anthropic Consoleの使用量画面では、どれだけのクレジットを使ったかを確認できます。ふだんお使いのChatGPT・Codexの月額サブスクリプションとは別の財布が動いている、という感覚をここで持ち帰ってください。

AIに頼むとき、こう言う 「このAPIキーを使って、質問を送ると回答が返ってくるだけの小さなクライアントアプリを作って。キーはコードに直接書かず、環境変数から読み込む形にして」
CHAPTER 6

AIに「覚えてもらう」2つの仕組み

第2回でお話しした通り、AIは会話をしても賢くなって次回に持ち越すわけではありません(学習と推論は別の作業でしたね)。セッションが変われば、AIにとってはまた初対面です。この「AIは毎回初対面」問題に対して、実践では2つの別々の仕組みで補っています。

仕組み① 指示書ファイル(人間が書く)

ひとつ目は、フォルダの中に置いておく指示書ファイルです。CodexではAGENTS.md、Claude CodeではCLAUDE.mdという名前のテキストファイルで、AIが起動するたびに毎回読み込まれます。ちょうど先ほど/initで作ってもらったのが、これです。

書く内容は、「このプロジェクトは何か」「守ってほしいルール」「よく使うコマンド」など。置き場所は2階層あり、全プロジェクト共通の置き場所(自分のPCのホーム側)と、プロジェクトごとの置き場所(作業しているフォルダ側)の両方に置けます。

仕組み② メモリ(AIが自分で書く)

ふたつ目はメモリです。会話の中から「この人はこういう好みだ」「この作業はここまで進んだ」といったことを、AI自身がメモとして保存し、次回のセッションで思い出す仕組みです。指示書とは違い、こちらは人間が書くのではなく、AIが自分の判断で書き足していきます。

Codexのローカルメモリは既定でオフになっています。使うにはデスクトップアプリの設定(Personalization > Enable memories)で有効化する必要があり、保存先は自分のPC内の~/.codex/memories/です。なお、これはChatGPT本体が持っているメモリ機能とは別物である点に注意してください。ちなみにClaude Codeのauto memoryは既定でオンになっています。

使い分けの原則はシンプルです。必ず守ってほしいルールは指示書ファイルに書く。メモリはあくまで補助として使う ── これはCodex・Claude Code双方の公式ドキュメントが推奨している考え方です。

RULE ── 指示書にもメモリにも書いてはいけないもの 指示書ファイル(AGENTS.md / CLAUDE.md)にも、メモリにも、患者情報・秘密情報は絶対に書かないでください。これはこのコーチングの初日からの鉄則そのままです。公式ドキュメントも「秘密情報は保存しないこと」と明記しています。
AIに頼むとき、こう言う 「このルールは毎回必ず守ってほしいので、指示書ファイルに書いておいて」/メモリを使う場合も「患者情報や秘密情報は絶対に書かないで」と念押しする
CHAPTER 7

MCP:AIに新しい「手」を与える

MCP(Model Context Protocol)は、AIに「新しい手」を接続するための共通の差し込み口の規格です。エージェント型ツールは、標準ではフォルダの中のファイルしか触れませんが、MCP経由で道具をつなぐと、カレンダーを見に行ったり、ブラウザを操作したり、外部のサービスに問い合わせたりできるようになります。

カレンダーMCPAIが予定を確認したり、新しい予定を入れたりできるようになる
ファイルMCPAIが指定した場所のファイルを読み書きできるようになる
ブラウザMCPAIが実際にブラウザを操作して、Webページを見に行ったり検索したりできるようになる

第1回で作った3ツールが「①指示文②画像③返事の書式」という決まった1回のやり取りだけだったのに対し、MCPでつながった道具を持つエージェント型AIは、必要に応じて自分で道具を選び、使いに行くところが違います。さきほどの早見表にもあった通り、CodexにもClaude Codeにも/mcpコマンドがあります。同じ規格に対応しているからこそ、どちらのツールでも同じやり方でMCPの接続を確認・管理できるのです。

AIに頼むとき、こう言う 「カレンダー(や他のアプリ)を直接見に行って確認して」=MCPで道具がつながっていれば頼める依頼の一例
CHAPTER 8

Skills:AIに渡す「手順書」

Skillsは、AIに渡す手順書です。「こういう依頼が来たら、この順番で、こう確認しながら進めてほしい」という段取りを、あらかじめ文書にしてAIに読ませておく仕組みです。

第1回で神経節細胞チェッカーを作ったとき、指示文(プロンプト)を書き換えたのを覚えているでしょうか。Skills は、あの「指示文を書いて渡す」作業を、使い回せる文書として1回だけ用意しておくものだと考えると近いです。一度書いておけば、次に似た依頼をするたびに「あのやり方でやって」と呼び出すだけで済みます。Codexでは/skillsコマンドで、用意されている手順書を呼び出せます。

AIに頼むとき、こう言う 「この手順を、いつも同じやり方でできるように手順書にまとめておいて」
CHAPTER 9

RAG:丸暗記に頼らず、文献を持ち込んで答える

第2回でお話しした通り、LLMは学習した時点までの知識を丸暗記している状態で答えます(学習と推論は別の作業でしたね)。つまり、学習した後に出た新しい情報や、そもそも学習していない社内・院内だけのローカルな情報については、知らないのに、それらしく答えてしまうことがあります。これが「ハルシネーション(もっともらしい誤答)」の主な原因のひとつです。

RAG(Retrieval-Augmented Generation)は、AIに質問が来たとき、まず関連する文書(院内マニュアル・ガイドライン・最新の資料)を検索して持ってこさせ、それを読んだうえで答えさせることで、丸暗記だけに頼る誤りを減らす仕組みです。

院内マニュアルQA院内の運用マニュアルをAIに検索させ、その内容に基づいて質問に答えさせる
文献に基づく回答最新の論文やガイドラインを検索してから、それを根拠に回答させる

RAGを使えば万能というわけではありませんが、「学習時点の記憶だけに頼るか」「その場で調べてから答えるか」という違いを知っておくと、AIの答えをどこまで信じてよいかの見当がつきやすくなります。

持ち込んだ資料の中を、どうやって探しているのか

「資料を読ませる」と言っても、AIは分厚いマニュアルを毎回頭から読み直しているわけではありません。第2回で見たとおり、LLMが一度に読める量(コンテキスト窓)には上限があり、全部を渡すと入りきらないか、入っても肝心の一文を見落とします。そこで「前もって小分けにして索引を作り、質問のたびに関係する部分だけ引き抜いて読ませる」という手順を踏みます。

手順やることたとえるなら
① ちぎる
前もって
資料を見出しや段落ごとの小さな断片(チャンク)に分ける。1断片は数百字程度分厚い医学書を、項目ごとの付箋に書き写しておく
② 座標を付ける
前もって
各断片の「意味」を数値の並び(ベクトル)に変換し、索引(ベクトルデータベース)にしまう。第2回の「言葉を数値にする」の応用付箋ひとつひとつに、内容の近さで並ぶ棚番号を振る
③ 質問を同じ座標に
質問のたび
質問文も同じ方法で数値に変換し、座標が近い断片を数個だけ取り出す質問に一番近い棚から、付箋を数枚だけ抜く
④ 読ませて答える
質問のたび
取り出した断片を質問と一緒にLLMに渡し、「この根拠に基づいて答えて」と指示する抜いた付箋だけを机に置いて、読んでから答えてもらう
🔎 キーワード検索
探し方
質問に含まれる言葉と、同じ言葉が書いてある断片を探す(Ctrl+F と同じ)
得意
薬剤名・略語・数値など、言葉がそのまま一致する場合
苦手
「発熱」と書いた資料を「熱が出た」で探すと見つからない
🧭 意味検索(ベクトル検索)
探し方
上の②③の方法。言葉が違っても「意味の座標」が近い断片を探す
得意
言い回しが違う質問、あいまいな質問
苦手
固有名詞や数値の厳密な一致。似た話題に引っ張られることがある
実務では 多くのRAGは2つを併用します(ハイブリッド検索)。また、資料が数ページ程度しかないなら、索引を作らず全文をそのまま渡すのが一番確実です。第4章で触ったCodexやClaude Codeのようなエージェント型は、フォルダの中をファイル名や単語で検索して、当たりのファイルを開いて読むという、人間に近いやり方でも探します。どの方式でも共通の注意は、「探し損ねたら、その資料は無いものとして答えてしまう」こと。だから「どの資料の、どこを根拠にしたか」を必ず表示させます。

AIが読みやすいファイル、読みづらいファイル

上の手順①で資料を「ちぎる」には、まず中身が文字として取り出せる必要があります。ここでファイルの種類が効いてきます。第3回で「第1回に作ったツールの中身は、文字が並んだだけのテキストファイルだった」と見ましたが、その延長の話です。

📄 読みやすい ── 中身が文字そのもの
拡張子
.txt .md .html .csv .json
なぜ
開けばそのまま文字。見出し・箇条書き・表の構造も「#」「-」「<table>」のように文字で書かれているので、AIが構造ごと読める
代表
Markdown(.md):「# 見出し」「- 箇条書き」だけの簡単な書き方。AIが読むにも書くにも一番相性がよく、AGENTS.md・CLAUDE.md がこの形式なのもそのため
おまけ
変更前後の差分が取れる(第3回の「元に戻せる」につながる)
📦 読みづらい ── 見た目を優先した「箱」入り
拡張子
.pdf .docx .xlsx .pptx、スキャン画像
なぜ
中身が「どこに何をどんな見た目で置くか」という情報で、文字は取り出す変換が必要。PDFは特に「印刷したときの見た目」が最優先で、段組が混ざる・表が崩れる・改行がおかしくなる
最悪の場合
スキャンしたPDFや写真は文字情報を持っておらず、ただの画像。OCR(画像から文字を読み取る処理)を挟まないと何も取り出せない
補足
Word・Excel・PowerPointは、実は中に文字を持っている(圧縮された箱)ので変換は比較的うまくいく。ExcelはCSVに書き出すのが早道(第3回の約束どおり)
実務の指針 RAGに資料を持ち込むときは、可能ならMarkdownかテキストに変換してから入れます。PDFしか無い場合は、まず変換した結果を自分の目で見て「表が崩れていないか」「ページ番号や脚注が本文に混ざっていないか」を確かめる、を一手間入れてください。読み取りに失敗した資料は「索引に無い」のと同じで、AIは平然と「記載がありません」と答えます。
AIに頼むとき、こう言う 「この文書(マニュアル・資料)を読んだうえで答えて」=丸暗記ではなく根拠のある回答を求める言い方/「どの資料の何ページを根拠にしたか、一緒に示して」/「このPDFをまずMarkdownに変換して、崩れているところがないか見せて」
CHAPTER 10

リモート操作:外出先から自分のAIに指示する

エージェント型AIが自分のPCの中に常駐しているなら、「外出先のスマホから、家のPCに常駐しているAIに指示を出す」ということもできそうだ、と思うかもしれません。実際にできます。ただし、家のPCをそのままインターネットに公開するのは危険なので、自分の機器同士だけをつなぐ閉じた通り道が必要になります。

Tailscale ── 自分の機器だけをつなぐ仮想の専用回線

Tailscale は、自分が持っている複数の機器(スマホ・自宅PC・ノートPCなど)だけを、インターネット上に仮想のプライベート・ネットワークとしてつなぐサービスです。これをVPN(Virtual Private Network=仮想専用網)と呼びます。

補足 ── Phase 3(クラウド)との違い 第3回で見た「クラウドに置いてどこからでも使う」方法(Cloudflare Workers のような公開URL)とは別の選択肢です。クラウド版は誰でもアクセスできるURLを公開する方式、Tailscale は自分の機器だけが繋がる閉じた通り道を作る方式で、目的が違います。Phase 3(第9〜12回)では前者(クラウドに置いてどこからでも使う)を扱う予定です。今日は「そういう選択肢もある」という地図の1マスとして知っておいてください。
AIに頼むとき、こう言う 「自分の機器だけから、外出先でも安全にアクセスできるようにしたい」
CHAPTER 11

おまけ:AIを自分のマシンで動かす(ローカルAI)

ここまで見てきたChatGPTやClaudeは、どれも自分の機器の外にある巨大なサーバー(Anthropic や OpenAI のデータセンター)で動くAIに、通信を通じて質問を投げていました。実は、LLM自体を自分のマシンの中だけで動かすという選択肢もあります。

Ollama手元のPCでLLMを動かすための代表的なソフト
Mac StudioローカルAI用途で選ばれることのあるApple製の高性能マシン
NVIDIA DGX SparkローカルAI向けに登場した専用の小型マシン

「そういうものがある」という名前だけ知っておけば、今日は十分です。

モデルには2種類ある ── オープンウェイトとクローズド

「自分のマシンで動かす」ためには、LLMの本体(第2回で見た、学習で得た膨大な数値=重み/ウェイト)を手元に持ってくる必要があります。ここで、世の中のLLMは大きく2つに分かれます。

🔒 クローズドモデル
重み(本体)
非公開。事業者のサーバーの中にしかない
使い方
通信して質問を投げ、答えを受け取る(ChatGPT・Claude・Geminiは全部これ)
性能
最先端。新しい能力はまずここに出る
データ
質問は事業者に送られる(扱いは規約次第)
たとえるなら
検体を送って結果をもらう外注検査
🔓 オープンウェイトモデル
重み(本体)
公開されていて、誰でもダウンロードできる
使い方
自分のマシンや自分で借りたサーバーで動かす(Ollamaが読み込むのはこれ)
性能
最先端より一段落ちるが、差は年々縮まっている
データ
自分のマシンで動かせば、外に一切出ない
たとえるなら
機器を買って院内で回す院内検査
gpt-ossOpenAIが公開した唯一のオープンウェイト
LlamaMeta(Facebook)製
GemmaGoogle製。Geminiの小型公開版
QwenAlibaba製。多言語に強い
DeepSeek中国のDeepSeek社製
よくある誤解 「オープンウェイト」は「オープンソース」とは少し違います。公開されているのは学習の結果(重み)だけで、学習に使ったデータや手順までは公開されていないことがほとんどです。それでも「本体を手元に置ける」ことがローカルAIの前提条件なので、この2種類の区別は覚えておく価値があります。なお、OpenAIやAnthropicのような事業者は、看板商品はクローズドのまま、小型の別モデルをオープンウェイトで出すという使い分けをしています。

Codex / Claude Code で選べる代表的なモデル

ここまでの話をふまえると、あびこさんが普段使うCodexも、柴田が使うClaude Codeも、クローズドモデルを通信して呼んでいることになります。どちらも中で動くモデル(頭脳)を/modelで切り替えられ、ラインナップは「賢さ・遅さ・値段」の段階で並んでいます。

段階Codex(OpenAI)Claude Code(Anthropic)向いている場面
最上位gpt-5.6-solFable 5.1長く複雑な作業、原因調査、設計判断。一番賢いが、遅く高い
高性能(solが兼ねる)Opus 5込み入った推論・計画。Claude Codeでは上位プランの既定
日常gpt-5.6-terraSonnet 5普段の作業の主力。速さと賢さのバランス。Claude Codeでは標準プランの既定
軽量gpt-5.6-lunaHaiku決まりきった作業(抽出・分類・整形)を速く安く
切り替え/model/model会話の途中で変えてよい
考える深さLow〜Ultra(既定 Medium)low〜max(既定 high)同じモデルでも「どれだけ考えてから答えるか」を調整できる
読み方のコツ 型番は暗記しなくて大丈夫です。名前は数ヶ月ごとに変わります(Codexの前世代 gpt-5.4 は2026年8月末で引退しました)。覚えるのは「同じ会社の中に最上位・日常・軽量の段階がある」「迷ったら既定のまま」「難しいと感じたら一段上げる、単純作業なら一段下げる」の3点だけです。なお、モデルの段階と第3章のチャット型/エージェント型は別の軸で、同じ gpt-5.6 が ChatGPT(チャット型)の中でも Codex(エージェント型)の中でも動いています。つまり/modelで切り替えているのは頭脳だけで、枠組み(ハーネス)はそのままです。
医師にとっての意義 ── データを一切、外部に送らない ローカルAIの最大の意義は、質問も画像もデータも一度もインターネットに出ていかないことです。これは「患者さんの個人情報はAIに入力しない」という、このコーチングで初日から掲げている鉄則と直接関わってきます。将来、匿名化の要件がさらに厳しい場面などで「その制約を緩められる将来の選択肢」として、ローカルAIは意味を持ち得ます。ただし今の段階では学習用途にとどめてください。トレードオフとして、最先端のクラウド型モデルに比べると性能は一段落ち、環境構築の手間もかかります。
AIに頼むとき、こう言う 「今どのモデルで動いてる?」=/model/「この作業は単純だから、軽いモデルに切り替えて」/(実践段階の話ですが)「このAIは自分のPCの中だけで完結させたい。オープンウェイトのモデルで、外部に一切送らない構成にできる?」
CHAPTER 12

まとめ

今日の地図、5行で ① 世に出ているAIツールはチャット型・エージェント型・組み込み型の3体に大別できる(第1回の3ツールは組み込み型、普段のChatGPTはチャット型、Codexはエージェント型)。
② チャット型とエージェント型の違いは書く主体ではなく、推論をどこまで自律的なループに組み込んだか。
③ チャット型・エージェント型は月額サブスクリプションの範囲で使えるが、組み込み型(API利用)は別枠のクレジットを従量課金で消費する。今日はAnthropic APIを直接叩いて、その違いを体感した。
④ /コマンドは道具そのものへの命令。/init・/model・/new・/compactを知っていれば日常は回る。
⑤ AIに「覚えてもらう」には指示書ファイル(AGENTS.md / CLAUDE.md)とメモリの2つがあり、必ず守ってほしいルールは指示書に書く。
RULE ── 鉄則の再確認 どのツールを使うときも、患者さんの個人情報はAIに入力しないことは変わりません。ローカルAIはこの制約をいずれ緩められるかもしれない将来の選択肢ですが、それは別の議論であり、今はあくまで学習用途として扱ってください。デモやサンプルは今後も必ず合成データを使います。

これで種明かしシリーズ(第2〜4回)は完結です。次はいよいよ、あびこさん自身の関心(画像から同じものを検出する)に近づいていくPhase 2に進みます。

APPENDIX

用語ミニ辞典

暗記は不要です。今後の回で出てきたときに、ここに戻って引いてください。

エージェント型指示を受けたあと、「読む・書く・実行する・見る・判断する」のループを自分で何度も回すAIツール。Claude Code / Codex など。
チャット型人間が話しかけ、AIが答える1問1答の対話を繰り返すAIツール。ChatGPT / Claude / Gemini など。
組み込み型アプリの裏側でAPI経由の1回きりの呼び出しとして動くLLM利用形態。第1回で作った3ツールがこれにあたる。月額サブスクリプションではなく、従量課金のクレジットを消費する。
APIキープログラムからAPIを呼び出す際に使う、本人確認用の合言葉。パスワードと同じ扱いで、コードに直書きせず・他人に見せず・履歴にも残さない。
MCPModel Context Protocol。AIに「新しい手」(カレンダー・ファイル・ブラウザ操作など)を接続するための共通規格。
SkillsAIによく頼む作業の手順をあらかじめ文書にまとめておき、誰が頼んでも同じ品質で実行させる仕組み。
RAGRetrieval-Augmented Generation。質問に答える前に関連文書を検索して読み込み、それを根拠に回答させる仕組み。丸暗記だけに頼るハルシネーションを減らす。
ハルシネーションLLMが、もっともらしいが事実と異なる内容を答えてしまう現象。
ハーネスモデル(LLM本体)を包んで、会話の保持・道具の貸し出し・許可の確認・メモリ・要約などの段取りを担うプログラム。ChatGPTはチャット型、Codex / Claude Codeはエージェント型のハーネス。/コマンド・MCP・Skillsはハーネス側の機能。
チャンク/ベクトル検索RAGで資料を段落ごとの小片(チャンク)に分け、各小片の意味を数値の並び(ベクトル)にして索引化し、質問と意味が近い小片だけを取り出す検索方式。言葉が一致しなくても探せる。
Markdown「# 見出し」「- 箇条書き」だけで構造を書く、中身が文字そのもののファイル形式(.md)。AIが最も読み書きしやすく、AGENTS.md / CLAUDE.md もこの形式。
OCRスキャン画像や写真から文字を読み取る処理。スキャンPDFは文字情報を持たないため、OCRを挟まないとAIは中身を読めない。
VPNVirtual Private Network。インターネット上に、自分(や許可した人)の機器だけがつながる仮想の専用網を張る仕組み。
Tailscale個人の複数の機器だけを簡単につなげるVPNサービスの一例。外出先から自宅のPCに安全にアクセスするために使える。
ローカルAILLM本体を自分のマシンの中だけで動かし、データを外部に送らずにAIを使う方式。Ollama / Mac Studio / NVIDIA DGX Spark など。
オープンウェイトLLMの本体(重み)が公開され、誰でもダウンロードして自分のマシンで動かせるモデル。gpt-oss / Llama / Gemma / Qwen / DeepSeek など。ローカルAIの前提。
クローズドモデル本体が非公開で、事業者のサーバーに通信して使うモデル。ChatGPT(gpt-5.6系)・Claude(Fable / Opus / Sonnet / Haiku)・Gemini など。最先端の性能はこちら。
スラッシュコマンド入力欄の先頭に/を打つことで呼び出す、ツール自体への命令。/init・/model・/compactなど。メッセージ先頭にあるときだけ効く。
AGENTS.mdCodexが起動のたびに毎回読み込む指示書ファイル。プロジェクトは何か・守ってほしいルールなどを人間が書いておく。/initで自動生成できる。
CLAUDE.mdClaude Codeにおける AGENTS.md 相当の指示書ファイル。役割・書き方は同じ。
メモリ会話から得た情報をAI自身が保存し、次回のセッションで思い出す仕組み。人間が書く指示書ファイルとは違い、AIが自分の判断で書き足す。Codexは既定オフ、Claude Codeのauto memoryは既定オン。