第1回で作った 🍓 いちごの種カウンター と、その改造版の 🔬 神経節細胞チェッカー 。どちらも、スマホで URL を開いて、合言葉を入れて、写真を選ぶだけで動きました。スマホには何もインストールしていないのに、です。
では、プログラムの本体はどこにあって、誰が動かしているのか。この資料はその「解剖図」 です。第2回の資料(LLMのしくみ)が「頭脳の中身」の話だったのに対し、こちらは「体のつくり」 の話。Phase 3(第9〜12回)で自分の手でこの構成を作るときの地図にもなります。
CONTENTS
1 登場人物は3人だけ ── 全体の構成図
2 写真を送ってから答えが返るまでの6ステップ
3 なぜ間に「受付」を挟むのか ── 鍵(APIキー)の話
4 2つのツールは「同じ体・違う指示文」
5 お金と手間の話 ── なぜこの構成が楽なのか
+ 用語ミニ辞典
CHAPTER 1
登場人物は3人だけ ── 全体の構成図
あのツールの裏側には、たった3人の登場人物しかいません。①あなたのスマホ(ブラウザ)、②Cloudflare という会社のコンピュータ、③Claude(AI本体)のいるAnthropic社のコンピュータ 。まず全体図を見てください。
あなたのスマホ
(ブラウザ=画面係)
・ページを表示する
・写真と合言葉を送る
・結果を表示する
本体もAIもここには
入っていない
Cloudflare のサーバー
(クラウド=受付係)
小さな受付プログラム
・合言葉を確認する
・指示文を添えてAIへ中継
🔑 金庫(シークレット)
AIを使うための鍵はここだけ
24時間・無人で待機している
Anthropic の
サーバー
(AI本体=頭脳)
・Claude(LLM)が
ここで動いている
・画像をトークンにして
読む(第2回・第5章)
写真+合言葉
結果(JSON)
写真+指示文+🔑
判定結果
← ここはふつうのインターネット通信(暗号化)→
図1|ツール全体の構成図。スマホは「画面係」、Cloudflare は「受付係」、AI本体は Anthropic のサーバーにいる
大事なポイントは2つあります。1つめ。AIはあなたのスマホの中にはいません 。スマホがやっているのは、画面を出して、写真を送って、返ってきた答えを表示することだけ。頭脳は遠くのサーバーにあって、インターネット越しに「借りて」います。
2つめ。スマホとAIは直接つながっていません 。あいだに必ず Cloudflare 上の「受付プログラム」を挟んでいます。これはサボりではなく意図的な設計で、理由は第3章で説明します。
医師のためのアナロジー ── 病院の構造とそっくり
患者さんは読影医に直接会いに行きませんよね。窓口(ブラウザ) で受け付けて、受付(Cloudflare) が保険証を確認し、依頼状を添えて検査・読影(AI本体) に回す。報告書は逆ルートで窓口まで戻ってくる。あのツールは、この病院の構造をそのままインターネット上に作ったものです。
補足 ── 「クラウド」とは
Cloudflare のような会社は、世界中にコンピュータ(サーバー)を大量に置いていて、その一部を私たちに貸してくれます。自前でコンピュータを買って24時間動かす代わりに、借り物の上でプログラムを動かす ── これが「クラウド」です。今回借りたのは、サーバーまるごとではなく「小さなプログラムひとつ分の席」だけ。Cloudflare ではこの仕組みを Worker(ワーカー)と呼んでいます。
CHAPTER 2
写真を送ってから答えが返るまでの6ステップ
いちごの写真を選んで「数える」を押した瞬間から、画面に結果が出るまで。裏側では次の6ステップが、だいたい20〜30秒で流れています。
スマホ URL を開く。Cloudflare がページ(画面の設計図) を送ってくるので、ブラウザがそれを表示する。
スマホ あなたが写真を選び、合言葉を入れてボタンを押す。写真は暗号化されて Cloudflare へ送られる。
受付 受付プログラムが合言葉をチェック 。違っていたら門前払い(AIまで届かない)。写真の形式やサイズもここで確認する。
受付 合格なら、金庫から🔑鍵を出し、あらかじめ書いておいた指示文(プロンプト) を写真に添えて、Claude に転送する。
AI本体 Claude が画像をトークンに変換して読み(第2回・第5章の種明かし)、答えを決まった書式(JSON) で返す。「種の数:23、確信度:中、メモ:右下はボケていて…」のような形。
受付 スマホ 受付が答えをブラウザに返し、ブラウザが人間向けの画面に整えて表示する。
気づいてほしいのは、このうちAIが関わるのはステップ5だけ だということです。残りの5つは、昔ながらの「ふつうのプログラム」の仕事。第2回で答えた「AIでツールを作るとは、確率的な推論をプログラムの部品として使うこと 」の意味が、この図では文字どおり見えます ── 段取り全体はプログラムが仕切り、その中の1ステップだけをAIという部品が担当しているのです。
補足 ── JSON(ジェイソン)という書式
AIの返事を「自由な文章」で受け取ると、プログラム側で扱いづらい。そこで受付は Claude に「種の数・確信度・メモの3項目を、この書式で埋めて返して 」と指定しています。検査結果が自由作文ではなく決まった書式のレポートで返ってくるのと同じ理屈です。書式の名前を JSON といいます。名前は覚えなくて大丈夫。
CHAPTER 3
なぜ間に「受付」を挟むのか ── 鍵(APIキー)の話
スマホから直接 Claude に写真を送れば、Cloudflare は要らないように見えます。なぜわざわざ受付を挟むのか。答えは「鍵」 にあります。
DEFINITION
API (エーピーアイ)=プログラム同士がやり取りするための「窓口」。Claude にも API があり、そこに写真と指示文を送ると判定が返ってくる。
APIキー =その窓口を使うための鍵。利用料の請求先と紐づいている ので、実質クレジットカードのようなもの。
Claude の API は有料です(使った分だけ課金)。つまり APIキーを手に入れた人は、柴田のお財布でAIを使い放題にできる 。もしこの鍵をブラウザ側のプログラムに埋め込んだら、ページを開いた人は誰でも中身を覗いて鍵を抜き取れます。ブラウザに届いたものは、原理的にすべて利用者から見えるからです。
❌ ダメな構成:鍵をブラウザに置く
スマホの中に
🔑 鍵入りページ
AI
ページを開いた人は誰でも
中身から鍵を抜き取れる
→ 柴田の財布でAI使い放題に
✅ 今回の構成:鍵は受付の金庫に
スマホ
合言葉のみ
受付
🔑 金庫
AI
鍵はブラウザに一切送られない。
受付が金庫から出して代理で使う
→ 覗かれても盗まれない
図2|APIキー(鍵)の置き場所。ブラウザに届いたものは全部見えるので、鍵はサーバー側の金庫にだけ置く
だから今回の構成では、鍵は Cloudflare の金庫(シークレットという保管機能) にだけ入れてあり、ブラウザには一度も送られません。あなたのスマホが知っているのは合言葉だけ。受付が合言葉を確認してから、金庫の鍵を代理で 使ってAIに問い合わせる、という流れです。
受付にはもう1つ大事な仕事があります。AIへの指示文(プロンプト)とモデルの指定を、受付側で固定してある ことです。ブラウザから受け取るのは写真と合言葉だけで、「AIへの命令」は一切受け取らない。だからこのツールは、合言葉を知っている人でも「いちごの種を数える係」としてしか使えず、何でも答える汎用AI窓口として乗っ取ることはできません。
医師のためのアナロジー ── 処方箋の印鑑を待合室に置かない
APIキーをブラウザに置くのは、医師の印鑑を待合室のテーブルに置いておくようなものです。印鑑(鍵)は診察室の中(サーバー側)にだけ置き、窓口では診察券(合言葉)を確認する ── 権限のあるものを人目に触れる場所に出さない、という感覚はそのまま通用します。
RULE ── 鉄則の再確認
構成図を見るとわかるとおり、アップロードした写真は Cloudflare と Anthropic のサーバーまで実際に送られています 。通信は暗号化されていますが、「手元の外に出る」ことに変わりはありません。だから初日からの鉄則 ──患者さんの個人情報が写ったものは絶対に送らない ── は、この構成である限りずっと有効です。デモは必ずサンプル画像・合成データで。
CHAPTER 4
2つのツールは「同じ体・違う指示文」
ここで種明かしをもう1つ。🍓種カウンターと🔬神経節細胞チェッカー、見た目も用途も別物ですが、実はプログラムの本体はほぼ丸ごと同じ です。中身を並べて比べると、違いは驚くほど少ない。
🍓 いちごの種カウンター
🔬 神経節細胞チェッカー
構成図(第1章)
完全に同じ(スマホ → 受付 → AI)
受付プログラム
ほぼ同じ(合言葉チェック・中継の段取りは共通)
AIモデル
同じ(Claude のマルチモーダルLLM)
指示文(プロンプト)
「いちごの表面の種(痩果)を数えて。見えている範囲だけ。推測で足さない」
「HE染色の腸管組織像として観察し、神経節細胞を探して数えて。Auerbach神経叢・Meissner神経叢に注目」
返事の書式(JSON)
種の数・確信度・メモ
細胞の有無・概数・所見・確信度・各細胞の位置(枠)
つまり、2つめのツールを作る作業の実態は「プログラムを書き直す」ではなく、指示文と返事の書式を差し替える ことでした。ツールの性格を決めていたのは、コードよりもむしろ日本語の指示文 だったのです。
これは第2回の「あびこ先生の疑問に答える」の続きでもあります。AI以前のプログラムでは、判定のルールをすべてコードで書く必要がありました。いまは判定そのものはAIという部品に日本語で依頼し、プログラムはその前後の段取り(受付・鍵・書式)だけを受け持つ 。この分業こそが「AIでツールを作る」の正体です。
補足 ── ただし精度は別問題
指示文の差し替えだけで「それらしく」動くのがマルチモーダルLLMのすごさですが、第2回・第6章で話したとおり、数え落としや誤検出はあります。本気で精度を出すなら専用の画像認識モデルを育てるルートになる ── その話はこの構成図の外側にある、次の段階です。
CHAPTER 5
お金と手間の話 ── なぜこの構成が楽なのか
最後に現実的な話を2つ。
お金。 この構成の費用は「受付の家賃」と「AIの利用料」に分かれます。受付(Cloudflare)は、このくらいの規模なら無料枠で収まります 。AI(Claude API)は使った分だけの課金で、判定1回あたり数円 。第2回の「学習と推論」で話した「推論は1回ごとには安い」の、これが実例です。つまり月に数十回使う程度なら、コーヒー1杯分もかかりません。
手間。 もし自前のパソコンでこれを動かすなら、パソコンを24時間点けっぱなしにして、外から安全につなぐ仕掛けも自分で作ることになります。クラウドに置けば、電源も故障も混雑も向こうの会社が面倒を見てくれて、こちらはURL を1つ相手に送るだけ で共有できる。第1回のツールをあの日のうちにあなたのスマホで使えたのは、この構成のおかげです。
医師のためのアナロジー ── 院内検査と外注検査
自前のサーバー運用は「院内に検査機器を置く」のに似ています。機器代も保守も人手も自分持ち。クラウドは「検査センターへの外注」で、検体(リクエスト)を送れば結果が返り、費用は件数分だけ。小さく始めるなら外注が圧倒的に楽、という判断も医療と同じです。
SUMMARY ── この資料の要点
① ツールは3人組 ──画面係(ブラウザ)・受付係(Cloudflare)・頭脳(Claude API) 。
② AIは手元になく、APIという窓口越しに借りて いる。AIが働くのは6ステップ中の1つだけ。
③ 鍵(APIキー)はお金と直結 。だからブラウザに渡さず、受付の金庫にだけ置く。
④ 2つのツールの違いはほぼ日本語の指示文だけ 。段取りはプログラム、判定はAI、という分業。
APPENDIX
用語ミニ辞典
暗記は不要です。今後の回で出てきたときに、ここに戻って引いてください。
サーバー ネットワーク越しの頼まれごとに24時間応え続けるコンピュータ。「給仕する人(server)」が語源。
クラウド よその会社のサーバーを借りて使う仕組み。自前で機械を持たずに済む。
Cloudflare / Worker 今回借りたクラウドの会社と、その上で動かしている小さな受付プログラムの呼び名。
API プログラム同士がやり取りする窓口。Claude のAPIに写真を送ると判定が返る。
APIキー APIを使うための鍵。請求先と紐づくため、クレジットカード並みに扱いに注意する。
シークレット サーバー側にだけ置ける金庫。APIキーや合言葉の正解はここに保管する。
プロンプト AIへの指示文。今回のツールでは受付プログラムの中に固定で書き込んである。
JSON プログラムが読みやすい、決まった書式のデータの書き方。AIの返事をこの書式で受け取っている。
デプロイ 手元で作ったプログラムをサーバーに配置して、世界から使える状態にすること。
次回以降の予告 :第3回「プログラミングと実行環境の基礎」で、この受付プログラムの中身(コードそのもの)を覗きます。そして Phase 3(第9〜12回)では、この構成図をあなた自身の手で 組み立てます。
本資料は AI活用コーチングの教材です。姉妹編:LLMのしくみ(第2回資料)