種明かし 1/3

LLMのしくみ

── 先週の「いちごの種カウンター」は、なぜ動いたのか

AI活用コーチング 第2回 2026-08-15 講師:柴田建太郎

先週、あなたは自分の手で「いちごの写真から種だけを数えるツール」を作りました。プログラミング経験ゼロで、です。

でも、あのとき画面の向こうで何が起きていたのかは、まだ説明していません。今日から3回に分けて、その種明かしをします。第1回目の今日は、いちばん核心にある部品 ── LLM(大規模言語モデル)の中身です。

数式は一切使いません。ゴールは暗記ではなく、「なんだ、そういうことか」と怖くなくなることです。

CHAPTER 1

「AI」と呼ばれてきたモノたちの歴史

「AI」という言葉は、実は70年前からあります。そして時代ごとに、中身のまったく違うものが「AI」と呼ばれてきました。まず年表で全体を眺めます。

1956 「人工知能」という言葉が誕生(ダートマス会議) 期待と失望(“AIの冬”)を2回繰り返す 1980s エキスパートシステム:ルールを人間が全部書くAI 「もし発熱かつ咳なら…」を何万行も手書き → 行き詰まる 1990s 機械学習:ルールを書くのをやめ、データから学ばせる 迷惑メールフィルタなどで実用化 → 第2章 2012 Deep Learning が画像認識で圧勝 → 第3章 2016年には囲碁で世界トップ棋士に勝利(AlphaGo) 2017 Transformer 発明 → 2022年 ChatGPT 公開 → 第4章 「言葉を扱うAI」が一気に実用レベルへ 2024〜 「考えてから答えるAI」「任せられるAI」へ(現在地)
図1|「AI」の70年。色の変わり目が、中身の作り方が変わった瞬間

この年表で覚えてほしいことは、たった1つです。「AI」の作り方は、途中で2回、根本から変わったということ。

最初のAI(エキスパートシステムまで)は、人間がルールを全部書くものでした。「もし体温が38度以上で、咳があって、……ならインフルエンザを疑う」といった規則を、専門家から聞き出してひたすらプログラムに書き込む。しかし現実の世界はルールで書き尽くすには複雑すぎて、この路線は行き詰まります。

そこで発想を逆転させたのが機械学習(第2章)、それを強力にしたのがDeep Learning(第3章)、そして言葉の世界でそれが花開いたのがLLM(第4章)です。つまり今日の章立ては、そのままAIの歴史をなぞっています。

余談 ── 「AI」の定義は動く 昔は「かな漢字変換」や「エレベーターの制御」もAIと呼ばれました。技術が当たり前になると「あれはAIじゃなくてただのプログラム」と言われ始める ── これは「AI効果」と呼ばれる現象です。「AIとは何か」の線引きが人によってズレるのは、あなたのせいではなく、言葉の側の事情です。
CHAPTER 2

機械学習とは?

機械学習を一言でいうと、こうなります。

DEFINITION ルールを人間が書くのではなく、大量の「例」を見せて、ルールのほうを機械に見つけさせるやり方。
従来:ルールを書く 人間 ルール 「もし◯◯なら△△」を 人間が1本ずつ書く。 → 複雑な現実に追いつけない 機械学習:例から学ばせる 大量の例 (データ+正解) ルール 例を何千件も見せると、 機械が自分で規則性を見つける。 → ルールを言語化できない問題も解ける
図2|矢印の向きに注目。「ルール」が人間の手を離れ、データから生まれるようになった
医師のためのアナロジー 研修医の頃を思い出してください。教科書のルール(「この所見ならこの疾患」)だけでは診られなかったものが、症例を何百と経験するうちに「なんとなく嫌な感じがする」「この胸写は変だ」と言葉にできない判断ができるようになったはずです。機械学習がやっているのは、まさにこれです。ルールの暗記ではなく、症例経験から診断眼を作るプロセスを、機械の上で再現しています。

身近な例が迷惑メールフィルタです。「怪しいメールの条件」を人間がルールで書き尽くすのは不可能ですが、「これは迷惑メール」「これは普通のメール」というラベル付きの実例を大量に見せれば、機械が判別の勘所を自分で見つけます。健診データから病気のリスクを予測するのも、原理は同じです。

ただし、この時代の機械学習にはまだ大きな弱点がありました。それが次章のテーマです。

CHAPTER 3

Deep Learning とは?

従来の機械学習には、じつは人間の下ごしらえが残っていました。「データのどこに注目するか」だけは、人間が決めていたのです。

たとえば画像から病変を見つけたいとき、「輪郭のギザギザ度合いを数値化しよう」「色の濃さを測ろう」といった注目ポイント(専門用語で「特徴量」)は人間が設計し、機械はその数値の組み合わせ方だけを学んでいました。注目ポイントの設計が下手だと、どれだけ学習させても性能は上がりません。

Deep Learning(深層学習)の革命は、ここを壊したことです。

DEFINITION どこに注目するかという「見方」そのものまで、データから機械に学ばせる方式。人間の脳の神経回路をゆるくまねた「ニューラルネットワーク」を何層も深く重ねることで実現した。
🍓 入力(画像) 浅い層:点・線 中間層:模様・形 深い層:物の概念 「いちご」 97% 「りんご」 2% …
図3|層を経るごとに「見方」が自動で高度になっていく。この見方を人間は設計していない

転機は2012年。世界的な画像認識コンペで、Deep Learning を使ったチームが従来手法に圧倒的な大差(誤答率 26.2%→15.3%)をつけて優勝しました。それまで研究者が何年もかけて設計してきた「注目ポイント」を、機械が自力で見つけたほうが強かった ── この事件をきっかけに、世界中の研究が一気に Deep Learning へ流れ込みます。2016年には囲碁で世界トップ棋士に勝ち(AlphaGo)、「直感が必要だから機械には無理」と言われた領域まで塗り替えました。

画像で起きたこの革命が、「言葉」の世界で起きたらどうなるか。それが次章、今日の主役です。

CHAPTER 4 ── 本日の主役

LLM とは?

ChatGPT や Claude の中身である LLM(Large Language Model/大規模言語モデル)。名前はいかめしいですが、その正体は拍子抜けするほどシンプルです。

4-1正体は「次の言葉当てゲーム」の超達人

DEFINITION LLMとは、「文章の続きとして、次に来る言葉は何か」を確率で予測する装置。それを1語ずつ繰り返して、文章を紡いでいる。それ以上でも以下でもない。

たとえば、こんな文の続きを考えてみてください。

「昨夜から発熱があり、のどに強い__」 ← 次に来る言葉は? 痛み 65% 違和感 20% 腫れ 12% 未練 0.1% ※ 数値はイメージです。実際のLLMは数万個の候補すべてに確率を割り振る
図4|LLMの1回の仕事。全候補に確率を振り、有力なものを1つ選ぶ。これをひたすら繰り返す

あなたが「痛み」と即答できたのは、日本語の膨大な経験から「この流れならこの言葉」という感覚を持っているからです。LLMは、この「続きの感覚」を桁違いの規模で学習したものです。そして重要なのは、答えを1つに決め打ちせず、確率のリストとして持っていること。この「確率で答える」という性質が、LLMの強みと弱点の両方の源になります(4-7で戻ってきます)。

「それだけで、あの流暢な会話になるの?」と思うはずです。なります。1語選んだら、それを文末に足して、また次の1語を予測する。この繰り返しだけで、質問への回答も、要約も、そしてプログラムのコードさえも生成されています。ChatGPTの画面で答えが少しずつ流れるように出てくるのは、演出ではなく、本当に1語ずつ作っているからです。

4-2トークン ── LLMが見ている「言葉のかけら」

ここまで「言葉」と言ってきましたが、正確にはLLMは単語でも文字でもなく、トークンという単位で文章を読み書きしています。トークンは「言葉のかけら」で、単語より少し細かいことが多い。LLMに入る文章はすべて、まずトークンの列に刻まれます。

やってみよう ── トークン分割を体験

※ このデモは雰囲気を体験するための簡易版です。実際の分割はモデルごとの辞書で決まり、これとは異なります。本物は章末の参考資料にあるツールで試せます。

なぜこの話をわざわざするのか。LLMの得意・不得意の多くが、トークンで説明できるからです。有名な例を1つ。少し前まで、最先端のLLMに「strawberry には r が何個ある?」と聞くと「2個」と誤答することがよくありました。

種を明かせば、LLMには strawberry という文字の並びが見えていません。たとえば strawberry のような数個のかけらとして受け取っているので、その中に文字が何個あるかは「見れば分かる」ことではないのです。カルテの画像をFAXで受け取った人が、画数を数えろと言われて困るようなものです。

実用メモ LLMの料金や「一度に読める文章量」は、文字数ではなくトークン数で決まっています。また日本語は英語よりトークン数が多くなりがちです。「長い文書を渡したら途中までしか読んでくれなかった」という現象の正体は、たいていこのトークン数の上限です。

4-3Transformer ── 文全体を「一望」する発明

「次の言葉当て」の研究は昔からありました。しかし長い文章になると、昔の方式は文を頭から順に読むうちに前のほうを忘れてしまい、まるで使い物になりませんでした。

これを打ち破ったのが、2017年にGoogleの研究チームが発表した Transformer(トランスフォーマー) という設計です。論文のタイトルは “Attention Is All You Need”──「注意こそすべて」。その名の通り、核心はアテンション(注意)という仕組みにあります。

DEFINITION Transformerは、文中のすべてのトークン同士の関係を同時に見渡し、「いまどの言葉に注目すべきか」を計算する設計。順番に読んで忘れる、がなくなった。
その患者は を飲んだが、 それ は効かなかった。 「それ」は何を指す? → 「薬」に強く注目 全部の言葉のペアについて「関係の強さ」を計算し、太い関係を頼りに次の言葉を予測する
図5|アテンションのイメージ。「それ」を処理する瞬間、文中の「薬」に注意が向いている

人間が「それ」という代名詞を読んだ瞬間、無意識に文の前方から指すものを探すのと同じことを、すべての言葉のペアについて計算でやっている、と思ってください。

Transformerにはもう1つ決定的な利点がありました。文を頭から順に処理する必要がなくなったため、学習を大規模に並列化できるのです。つまり、コンピュータとデータを注ぎ込めば注ぎ込むほど賢くなる設計だった。ここから「より大規模に(Large)」の競争が始まり、数年後の ChatGPT(2022年11月公開)につながります。名前の種明かしをすると、GPTの「T」は Transformer の T です。

コラム|CPUとGPU ── なぜAIの話に“ゲーム用の部品”が出てくるのか

ここで少しだけ寄り道を。AIのニュースでは「GPUが足りない」「NVIDIAの株価が…」という話ばかり出てきます。コンピュータの頭脳はCPUのはずなのに、なぜでしょうか。答えは、いま見た「一望」にあります。

CPU ── 少数精鋭の何でも屋 賢い頭脳が数個。どんな種類の仕事も こなせるが、基本は順番に1つずつ 仕事A → 仕事B → 仕事C → … GPU ── 数千人の単純計算部隊 単純な計算専門の小さな頭脳が数千個。 同じ形の計算を全員で一斉に実行する
図6|CPUとGPU。得意分野がまったく違う

CPUは、非常に賢い頭脳を数個だけ積んだ「司令塔」。どんな種類の仕事でも臨機応変にこなせますが、基本は順番に処理します。GPUはその逆で、単純な計算しかできない小さな頭脳を数千個並べた部品。もともとはゲーム画面の何百万個の点(ピクセル)の色を同時に計算するために生まれました。

そしてTransformerの中身は、まさに「同じ形の掛け算と足し算を、すべてのトークンのペアについて一斉にやる」計算の塊です。順番にやる必要がないから、GPUの「数千人で一斉に」と完璧に噛み合う。LLMの学習と応答が現実的な時間で終わるのはGPUのおかげで、世界中で争奪戦が起き、製造元のNVIDIAが世界有数の企業になったのはこのためです。

医師のためのアナロジー CPUは外来の医師。一人ひとり違う患者を、順番に、臨機応変に診る。GPUは検体検査の自動分析装置。採血管1万本を、同じ手順で一斉に処理する。診察は装置にはできませんが、1万本の検体をCPU的に「1本ずつ丁寧に」やっていたら夜が明けます。Transformerの計算は、性質としては後者だったのです。

4-4LLMの育て方 ── 大量に読む、そして躾けられる

では、その「続きの感覚」はどうやって身につけさせるのか。LLMづくりは大きく2段階です。

STEP 1 事前学習 ウェブ・書籍など人類の書いた 膨大な文章で「続き当てクイズ」を 何兆回も解かせる STEP 2 調整(躾け) 人間が回答例やダメ出しを与え、 「役に立つ・正直・無害」な 受け答えに整える STEP 1で「言葉の物知り」になり、STEP 2で「感じのよい対話相手」になる
図7|LLMの2段階の育て方
医師のためのアナロジー STEP 1 は、医学部の6年間+国試勉強で膨大な教科書・文献を頭に入れる段階。STEP 2 は、臨床研修で指導医から「その説明では患者さんに伝わらない」「それは言ってはいけない」とフィードバックを受けて、知識の出し方を身につける段階です。知識量はSTEP 1でほぼ決まり、応対の質はSTEP 2で決まります。

「大規模」の意味も補足しておきます。LLMの内部には、学習で調整される無数のツマミ(パラメータ)があります。ChatGPTの前身のGPT-3で約1750億個。このツマミの数と読んだ文章の量を桁違いに増やしたら、翻訳も要約も推論も教えていないのにできるようになった ── これが2020年代前半に世界を驚かせた発見でした。

4-5「学習」と「推論」── 覚える時間と、使う時間

ここで、AIの世界の基本用語をひとつ整理しておきます。AIには、はっきり分かれた2つの「時間帯」があります。学習(training)推論(inference)です。

DEFINITION 学習=大量のデータを使って、内部のツマミ(パラメータ)を調整していく時間。4-4で見た2段階はすべてこちら。
推論=調整済みのツマミを固定したまま使う時間。あなたがChatGPTに質問するたびに行われているのはこちら。
学習 ── 工場での製造 大量のデータ 大量のGPU モデル ツマミを調整中… 数ヶ月・巨額の電力とGPU。 終わるとツマミは固定される 推論 ── 日々の稼働 🧑 🧑 🧑 完成モデル ツマミは固定のまま 質問のたびに「続き当て」を実行。 何回使ってもモデル自身は変わらない
図8|学習と推論。ChatGPTとの会話はすべて右側の世界で起きている

この区別から、日常の疑問がいくつも解けます。まず、会話してもモデルは賢くなりません。チャットであなたが何かを教えても、それはその会話の中で参照されるメモにすぎず、ツマミは1ミリも動いていない。翌日また同じモデルに聞けば、同じことを知らないままです。モデルの知識が更新されるのは、開発元が次の版を学習し直したときだけ。だからどのモデルにも「知識の締め切り日」があり、それ以降の出来事を(検索機能などを使わない限り)知らないのです。

コストの偏り方も対照的です。学習は数万台のGPUを数ヶ月動かす一大事業で、これが先ほどのGPU争奪戦の主戦場。推論は1回ごとには小さな計算ですが、世界中の利用者が毎日何十億回も行うため、塵も積もれば膨大になります。

医師のためのアナロジー 学習は医学部+研修の養成課程、推論は毎日の診療です。ただし人間の医師と違い、AIは診療(推論)から自動的には成長しません。何万人を診ても実力は据え置きで、腕が上がるのは「次の改訂版」が養成し直されたとき ── ここが人間との一番の違いです。
用語の注意 ── 「推論」には2つの意味がある ややこしいことに、AIの世界では「推論」という日本語が2つの意味で使われます。1つはここで説明した inference(完成したモデルを動かすこと全般)。もう1つは次節の reasoning(考えて筋道を立てること)。次に出てくる「Reasoningモデル=推論モデル」は後者の意味です。会話や記事でこの語が出てきたら、どちらの意味かを一拍おいて考えると混乱しません。

4-6Reasoning モデル ── 「考えてから答える」AI

ここまでのLLMは、聞かれた瞬間から1語ずつ答えを吐き出す「即答型」でした。しかし複雑な問題では、人間だってそうしません。いったん紙に書いて整理してから答えるはずです。

2024年頃から登場した Reasoning(リーズニング/推論)モデルは、まさにそれをやります。回答の前に、モデル自身が長い下書き(思考メモ)を生成して、場合分けや検算をしてから清書を返す。下書きもまた「次の言葉当て」で書かれているのがミソで、仕組みは同じまま、使い方の発明で精度が大きく上がりました。数学・科学・プログラミングのような、途中の筋道が大事な問題ほど効きます。

医師のためのアナロジー 従来のLLMが「外来での即答」だとすれば、Reasoningモデルは「カンファレンスでの検討」。鑑別を挙げ、除外し、根拠を確かめてから結論を言う。時間とコストは余計にかかるので、すべての場面で必要なわけではないのも臨床と同じです。いま(2026年)のChatGPTやClaudeは、質問の難しさに応じて「考える時間」を変えるハイブリッド型が主流になっています。

4-7あびこ先生の疑問に、ここで答えます

QUESTION ── 事前ヒアリングより 「AIを使ってコードを組んだって言うけど、人間がコードを組むのと何が違うの? 速さや正確性だけの問題? それとも“自動でやってくれる”ところで初めてAIと線引きされるの?」

いい質問です。答えは「速さでも、自動かどうかでもない」です。線引きは、プログラムの中に「確率的な推論」という新しい部品が使えるようになったことにあります。

従来のプログラムは、ここまで見てきた「第1世代」と同じで、決めたことを決めた通りにやる機械でした。「画像のこの座標の色が赤なら…」のように、すべての手順を人間が確定的なルールで書き切る必要があった。だから「いちごの種を数える」のような、ルールで書き尽くせない曖昧な仕事は、プログラムにはほぼ不可能だったのです(作るなら画像認識の専門家チームが必要でした)。

いまは違います。先週あなたが作ったツールの中身は、実は「写真をLLMに渡して『種を数えて』と日本語でお願いする」という数十行のプログラムです。つまり、かつてはルールで書けなかった「見て、判断する」の部分を、LLMの確率的な予測に丸ごと任せられるようになった。プログラムの部品として「考える箱」を組み込めるようになったことが、本質的な変化です。

そしてもう1つ。コードそのものも「言葉」なので、LLMはコードの続き当てもできます。あなたが日本語で要望を伝えると、AIがコードを書く。先週の体験はこの2つの合わせ技でした。速さは結果であって、本質ではありません。

ただし、この「確率で答える」部品には、必ず知っておくべき副作用があります。

SIDE EFFECT ── ハルシネーション(もっともらしい誤り)

LLMは「知らない」ときでも、確率的にそれらしい続きを作れてしまいます。存在しない論文を引用したり、架空の薬剤名を自信満々に答えたりする現象はハルシネーションと呼ばれ、仕組み上ゼロにはできません。嘘をつく意図があるのではなく、「次に来そうな言葉」を出す装置が、事実の裏取りをせずに走った結果です。

対策はシンプルで、臨床と同じ。重要な判断ほど、一次情報で裏を取る。AIの出力は「優秀だが時々自信満々に間違える研修医のプレゼン」として扱ってください。

RULE ── 医療情報の鉄則(毎回再掲します)

患者さんの個人情報は、絶対にAIに入力しない。入力した文章は外部のサーバーに送られます。今日の内容を踏まえると理由も明確です──あなたの入力は、事業者の設定によっては将来の学習データになり得ます。練習・デモには必ず架空のデータ(合成データ)を使います。

CHAPTER 5

マルチモーダルLLMとは? 拡散モデルとは?

ここからは、あなたの本命である「画像」の話です。

5-1マルチモーダルLLM ── 画像も「トークン」にしてしまう

「モーダル(modal)」は情報の種類のこと。文章だけでなく画像や音声も扱えるLLMをマルチモーダルLLMと呼びます。2023〜24年にかけて主要なモデルが続々と画像入力に対応し、いまのChatGPTやClaudeはみなこれです。

仕組みは、拍子抜けするほど今日の話の延長線上にあります。画像を小さなパッチ(断片)に切り分け、それぞれをトークンの仲間に変換して、文章のトークンと同じ列に並べてTransformerに流し込む。すると「画像の断片たち」と「言葉たち」の間でアテンションが働き、画像について言葉で答えられるようになります。

🍓 いちごの写真 断片に分割 🖼 🖼 🖼 種を 数えて 画像トークン+文章トークンを同じ列に Transformer アテンションで一望 「種は 214 個です」 ← これも1語ずつの続き当てで生成
図9|いちごの種カウンターの中で起きていたこと、ほぼ全部
種明かし、完結 先週の「いちごの種カウンター」は、① あなたの日本語の要望からAIがコードを書き、② そのコードが写真をマルチモーダルLLM(Claude)に送って「種を数えて」と頼み、③ LLMが画像トークンと文章トークンを一望して答えを紡ぐ、という三段構えで動いていました。魔法はどこにもなく、全部が今日の「続き当て」の応用です。

5-2拡散モデル ── 画像を「生成する」ほうの主役

一方、「画像を作るAI」──写真のような画像を生成するサービスの多くは、LLMとは別系統の拡散モデル(Diffusion Model)という仕組みを使っています(2022年の Stable Diffusion などで一気に普及しました)。

原理は彫刻に似ています。まず砂嵐のような完全なノイズ画像から始め、「このノイズを少しだけ取り除くと、お題(例:『聴診器を持つ猫』)に近づくにはどうすべきか」という予測を、何十回も繰り返す。ノイズの霧が晴れていくと、そこに画像が現れます。

🍓 ノイズ …少しずつノイズを除去… 完成 お題(文章)に 導かれながら 霧を晴らしていく
図10|拡散モデル。ノイズから画像を「彫り出す」
マルチモーダルLLM拡散モデル
役割画像を見て・読んで・答える(理解)画像を作る(生成)
原理続き(次のトークン)の予測ノイズ除去の反復
あなたの用途では◎ 種を数える・病変を探す等はこちら説明用イラスト作成などで出番

あなたの本命である「画像から同じものを検出して数える」は、理解する側の仕事です。ただし──「本気で正確に数える」には、実はもう一歩先の話があります。それが最終章です。

CHAPTER 6

画像認識とは? ── 種を「本気で」数えるなら

最後に、正直な話をします。先週のいちごの種カウンターは、マルチモーダルLLMに写真を渡して「数えて」とお願いするだけの、いちばんシンプルな作りでした。すぐ作れて、日本語で頼めて、たいていの用途には十分。でも、弱点もあります。

第4章で見たとおり、LLMの答えは「もっともらしい続き」の生成です。「種は214個です」と答えるときも、1粒ずつ指差し確認をした結果ではなく、画像全体の印象から続きの言葉を紡いでいます。だから数十個までならかなり正確でも、小さな種が数百個ひしめく写真では、見落としや数え間違いが混ざり得ます。いわばハルシネーションの画像版で、数えるたびに答えが少し変わることさえあります。

DEFINITION 精度を本気で求めるなら、その仕事専用の「画像認識モデル」を自分たちのデータで作るのが王道。そしてその専用モデルは、LLMとは別の仕組みで動く。

専用モデルの作り方は、第2〜3章で見た機械学習の教科書どおりです。① いちごの写真を大量に集め、② 種の位置ひとつひとつに人間が印を付けて「正解データ」を作り(この下ごしらえをアノテーションと呼びます。地味ですが最重要工程です)、③「画像のどこに種があるか」だけを当てる Deep Learning モデルに学習させる。物体検出と呼ばれる分野です。出力は言葉ではなく「見つけた位置(座標)のリスト」なので、個数はそれをただ集計するだけ。数え間違いという概念自体が消えます

ルート1|先週のツール(汎用) 🍓 写真 マルチモーダルLLM 「種を数えて」とお願い 「種はおよそ 214 個です」 ← 言葉の生成。ざっくり早いが、ブレ得る ルート2|専用の物体検出モデル(特化) 🍓 写真 専用の検出モデル アノテーションして学習させたもの 位置(座標)のリスト 217 個 ただの集計=確実
図11|同じ「種を数える」でも、2つのルートがある

大事なのはここです。この専用モデルは、「次のトークン当て」をしません。トークンも、Transformerの会話能力も持たない、第3章で見た Deep Learning(画像認識)の直系の子孫です。世の中で「AI画像診断」として医療機器承認されているもの──胸部X線や内視鏡の病変検出支援など──も、基本的にこちらの系統です。「AI」と一括りにされているものの中に、しゃべる系統(LLM)と見る系統(画像認識)という別の仕組みの家系がある、というのが今日最後の種明かしです。

医師のためのアナロジー マルチモーダルLLMは総合診療医。何でも相談でき、写真を見せればたいていの問いにそれなりの答えを返しますが、専門検査の代わりにはなりません。専用の画像認識モデルは検査機器。心電図の自動判読のように、たった一つの仕事だけを、訓練された範囲で高精度かつ一定品質でこなします。どちらが上ではなく、役割が違うのです。
マルチモーダルLLM専用の画像認識モデル
作る手間すぐ試せる(お願いするだけ)データ集めとアノテーションから
精度用途次第。ブレることがある特化した仕事には高く、安定
応用範囲何にでも使える学習させたその仕事だけ
会話できる(日本語で指示・質問)できない(座標や分類を返すだけ)

あなたの本命「静止画像から同一のものを検出して数える」への道筋も、これで描けます。まずマルチモーダルLLMで手早く試す(先週すでにやりました)。精度が足りなければ、アノテーション+専用モデルの世界へ進む。Phase 2 以降で、この階段を一段ずつ登っていきます。

SUMMARY

今日の種明かし、4行で

  1. AIは「ルールを人間が書く」から「データから機械が学ぶ」へ進化してきた。注目点まで学ぶのが Deep Learning。
  2. LLMの正体は「次のトークンを確率で当てる装置」。Transformerが文全体を一望し、会話もコードも画像の読解も、この続き当ての応用。
  3. 確率で答えるからもっともらしい誤り(ハルシネーション)は必ず起こり得る。重要な判断は一次情報で裏を取る。患者情報は入力しない。
  4. 「AI」の中にはしゃべる系統(LLM)と見る系統(画像認識)がある。手早く試すならLLM、本気の精度なら専用の画像認識モデル。
FOR FURTHER READING

もっと知りたい人へ ── 参考資料

今日の内容は、以下の資料をかみ砕いたものです。どれも非IT職でも読める・見られるものを選びました。気が向いたときにどうぞ(宿題ではありません)。